装置の見積評価、その考え方
建物や装置を発注するためには一般的に価格折衝を行います。
この折衝では何の準備もせずに「最大限の価格のご協力をお願いします。」と言った上で取引先様から提示された金額が、例えば▲50%値引きだったとしましょう。
これに対し、私たちは
「おお、なんと半額。では、この金額でお願いします。」とはしません。
何故なら、実売価格が半額以下はザラにあり、最大限かどうかが不明だからです。
そこで、価格折衝に臨む前に対象の見積書の内容をチェックして
「落としどころは、うまく行けばこれくらい、逆に不調でも最悪これくらい」
と見当をつけ、社内の第三者に決着金額を説明する判断根拠を考えます。
調達部門が行うこの作業を「見積評価」とか「見積査定」とか「見積検討」とか呼びますが、ここでは便宜上「見積評価」と呼ぶことにします。
そして、この稿は「装置導入に関する見積評価」についてですが、一口に「装置導入」と言っても、色んな区分けや切り口がありますね。
ここでは理化学機器と製造用設備の2つに分けて書いていきたいと思います。
まずは理化学機器。
例えば、電子顕微鏡のようなカタログ化されている製品は、その開発費を多台数販売することで回収し、回収後は利益や次機種の開発費用の原資となりますが、見積書の記載は「本体一式金額+オプション一式金額=合計金額」という形式で、構成部品やユニットの金額内訳は一般に提示されません。
これに対して製造用設備の場合は、対象の取引先様のそれまでの技術を活用していますが基本的には1台だけの特殊仕様装置のため、その1台でキッチリ利益を上げる必要があるものです。
つまり、どんな装置によって見積評価の考え方はまるで異なる訳です。
理化学機器の場合
まず、検討の最初の段階で見積をどこから取得するかが大きなポイントです。
tyoutatsumeister.hatenablog.com
電子顕微鏡や液体クロマトグラフなど理化学機器の見積書の金額記載は「本体一式金額」の1行のみ、ということがよくありますが、せめてハードとソフトに分けた金額の提示を依頼します。
理化学機器の場合、オプション品も含めて広義で全てカタログ品です。
こうした製品は例えば当該のユニットの開発費用が1億円かかったとして定価を1千万円で設定したとすると、この投資は10セットの販売で回収し、その後は利益となります。
つまりこの例では
ソフト部分の費用は、11セット目からはまるまる儲けで次の開発費用の原資になる一方ハード部分の費用は、材料費用・加工費用がかかりますので全て儲けにはなりませんが、少なくとも開発・設計費用は必要なくなります。
ですから、見積評価に当たって私は必ず
「この装置・オプションは上市後何年経過してますか?」と確認・問合せをします。
この回答が
「3カ月前に上市した新製品」であれば価格協力はだいぶキビシイと考えます。
一方
「上市して3年になります」であれば「もう元は取れてるでしょう」と考え、
ソフトウェア費用は▲50%以上、場合によっては▲80%程度の減額評価もします。
また、理化学機器は多くの場合で世界の中に競合メーカーが存在するため、それぞれから見積を取得して機能面と価格面の総合評価をしてメーカーを選定しますので、見積金額の比較や従来の取引実績の値引水準などを参考に見積評価をします。
一方、海外メーカー製の場合は必ずその時々の為替レートを確認します。
これは、見積金額が実質時価の時は価格折衝日のレートを確認し、そうでない場合は見積金額はいつの為替レートがベースとなっているかを確認します。
そして、必要に応じて価格決着時点から正式手配までの為替変動リスクを協議した上で、価格決着します。
為替レートを確認するのは、もしかするとそのメーカーの装置を2年後に購入する場合に比較できる情報とするためです。
最後に、試運転に必要な日数と作業工数を確認します。
これも見積書には「試運転調整費一式〇〇¥」と記載されている場合が多いですが、この内容を確認することで、設置場所の準備や実験日程のスケジュール調整や取引先様の人工単価を確認します。
それでも理化学機器の価格折衝は億を超える金額の場合であっても「最大限の協力を」「いやこれが精一杯」「そこをもう少し」などという応酬で終始することが多いですね。
製造用設備の場合
一般に見積書には部品や構成ユニット、設計や組立の費用明細が添付されます。
この費用明細は見積金額が高額になるほど項目の区切りが大雑把になって行きます。
これは見積がいい加減になるのではなく、項目が多くなるためです。
実務で見積評価を価格折衝の席上で生かせるのは100万円~多くて5,000万円くらいまででそれ以上の金額では「この金額は▲10万円で評価」などの話では埒が明かないため、もっと大枠の見地からの価格折衝をすることになります。
100万円~5,000万円レベルの見積評価では
- 人件費 人工単価×工数
- 部品・構成ユニットの金額評価
- 諸経費=利益率・額
主に、この3項目について踏み込んで考察することになります。
人工単価について
メーカー様の社員1人の1日当たりの人件費ですが、これは会社の規模や格によって本当に様々で、私が経験では3万円/日の会社から15万円/日の会社までありました。
これは取引先様で勝手に決めた金額ですが「高過ぎる」と発言するのは問題があると思いますが、その会社の規模と格を考慮して見積評価します。
工数について
これは自社の対象装置の仕様を検討する担当者に意見を聞きます。
すると「これは既存技術を応用するので開発工数はこんなに必要ない」などのコメントがよくあり、ではどれくらいの工数が妥当と思うか?を一緒に見立てます。
部品・構成ユニットの金額評価
まず、見積書の前提となる見積仕様書を見て構成ユニットの中でメーカー名と型式が明確になっているものを探します。
例えば、よくあるケースはコンプレッサーですね。
コンプレッサーのメーカーと型式が記載されている場合は取引がある別の機械工具商社に
「ある装置の導入に伴って見積評価をする中でコンプレッサーの価格確認をしたい。そこで全くのお手数で恐縮ですが、このメーカー・型式の製品について定価と一般ユーザー向けの実売価格を教えていただきたいのですが。」
と依頼します。
これは私のユニークな方法のようで、普通の調達担当者はあたかも買うかのようなフリをして見積依頼するようですが、私は依頼する時に正直に目的を説明してしまいます。
どうせ取引様にはお手数をおかけするのですから、その後にフォローを受けた時に苦しいウソはつきたくありませんし、可能性は低いですが対象品について装置メーカー様の商流が長いため高額であった場合には、自社が独自購入して支給するという方法もあります。
この価格確認の結果、例えば
定価12万円、実売価格9万円。一方、見積明細の記載金額が10万円であった場合には「割と誠実な見積金額である」と判断し、部品・構成ユニットの各項目を基本的に同じモノサシで計算しますが、このような場合は1次値引きの金額はそう大きくないでしょう。
(実際の見積金額にはコンプレッサー本体の他に架台や配管部品込みのことも多いため、その内容もヒヤリングをします。)
見積仕様書にメーカーと型式が明記されているものがなかった場合はどうでしょうか。
私は常に、取引先様は誠実な金額を提示している、と性善説で考えていますので、
「調達担当者として提示金額は誠実なものであることを確認したい。」
と説明して、いくつかの部品・構成ユニットのメーカーと型式の開示を求めます。
試運転調整費の内容確認
これは上記の「理化学機器の場合」に書いたように設置場所の準備や試運転日程のスケジュール調整や取引先様の人工単価を確認します。
諸経費率について
一般に装置の見積書の最下段に「諸経費」の記載がありますが、普通これはその装置製作に関する利益で、だいたい総額の5%から10%の間です。
特別な場合を除いてどの会も利益ゼロでは仕事を受けませんから両社で折り合える着地点を見出すことになりますが、一番のポイントは「やってみなければわからない」というリスクの大きさです。
カタログ化された理化学機器であれば、装置稼働に関するリスクなどありませんが、独自仕様の装置ではこのリスクの大きさが価格折衝の最大のポイントだと思っています。
そして価格折衝に向けて
国と国との外交では交渉の席上で「隠しカードを切る」ことがあるのかもしれませんが、私は価格交渉の席上でこんな隠しカードを切るようなことはしません。
理由は、価格交渉の席上で何の前触れもなくいきなりややこしいい課題を提示しても中身がある議論はできませんし、場合によっては紛糾して決裂するのがオチでしょう。
ですから私は事前に「今度の価格折衝の論点は〇〇の項目で、弊社の見立てより提示金額はかなり高額に見える。当然金額根拠はあると思うので当日は情報準備をお願いしたい」と伝えておきます。
こうすることで、価格折衝では準備された説明を聞くことで価格に対する私たちの納得感も得られますし、実際の装置の納入を通じてその内容を確認をすることもできます。
気が付いたら随分長文になってしまいました。
しかし、キリがありませんのでこれくらいにしておきます。