ムチャな「要求仕様書」が技術革新を呼ぶ
新規の装置を検討する時の目的は
いろいろな切り口があるかとは思いますが
- それまで研究室で「手作り」していたものを初めて装置で製作する。
- 既に装置で製作しているが、従来に比べ品質・ボリュームを向上させる。
この2つに大別してみます。
しかし、製作する装置はその時点で既に世の中にある最新の技術や工作機械などの設備を基に検討されますので既存技術の応用という意味では同じかもしれません。
では、こうした検討で「どんな仕様の装置を目指すか」は誰が決めていますか?
生産技術部門が要求仕様を決めている場合
生産技術部門では今の生産体制を熟知してた上で、常に更に効率を向上させるアイデアや情報を収集し、次回の新規投資の機会に備えていると思います。
しかし、今の生産体制を熟知しているが故に効率向上のアイデアを盛り込んだ上で「これ以上は無理!」と自ら上限を決めてしまっていませんか?
そして、こうした場合の「要求仕様書」には、従来の知見を基にした装置の各工程や機器の配置イメージや設置予定場所の制約による全体寸法の条件などが記載されています。
つまり
既にここには「どんな装置にするのか」の概略イメージが記載されているため、引き合いを受けた装置メーカーはこのイメージに沿った検討をすることになります。
こんなことでは技術革新は絶対に起きませんよね。
「要求仕様書」には実現したいことを。「どうやって?」は不要
装置を検討した経験がない開発部門の担当者などが、少量試作用の装置などの仕様を検討する時に「装置のことはよくわからない」と途方に暮れていることがあります。
そうした時は
「装置のことなど何も知らなくても大丈夫。
どんなモノをどれくらい作りたいか、だけを明確にして要求仕様として打ち出せば
OK。あとはその道のプロが必死に考えてくれる。
これを複数の装置メーカーに引き合いすることで、より良い提案が得られる。」
と話をしています。
戦艦「大和」の要求仕様書はムチャだけどシンプル
私が模範と考えている戦艦「大和」の要求仕様書は海軍軍令部から呉海軍工廠へのもので
- 主砲 46センチ主砲 8門以上
- 速力 30ノット以上
- 防御力 3万メートル遠方で発射された46センチ砲弾に耐えること。
- 航続力 18ノットで8000海里
- その他 15.5センチ副砲12門、偵察機4ないし6機、カタパルト2基
12.7センチ高角砲12門、25ミリ機銃40丁
※御田重宝 著「戦艦「大和」の建造」(講談社文庫)より抜粋
どうです?
艦の大きさや主砲・副砲など兵装の配置についての注文はありませんね。
単純に「このような兵器を作れ」という要求がアッケラカンと示されている印象です。
しかし、この要求はこの前に就役し日本帝国海軍の旗艦となった戦艦「長門」の
40センチ2連装砲塔X4基=8門
に比べてトンデモナイものです。
この仕様は海軍軍令部にとって仮想敵国である米国に対抗するために絶対に必要な戦力である(と確信している)という訳ですが「できるだけ大きく」「できるだけ速く」などとはせず、全て具体的な数値で表現されていますね。
現実性が高かろうが低かろうが、要求仕様を必ず数値に落とし込むのは必要なことです。
数値があって初めて議論や評価ができるのです。
上述した「途方に暮れる開発担当者」にも必ず数値を提示するよう話をします。
一方、お客様である海軍軍令部の要求に対して呉海軍工廠の設計者たちは「無理です」とは言えずに「主砲の口径・数量」「速力」「防御力」の要求仕様を満たすために総力を挙げます。
よく「戦艦大和の巨大さには圧倒された」というような文章を読みますが、海軍の設計者たちは 46センチ3連装砲塔X3基=9門 にするなど艦の巨大化を抑える様々な工夫を重ねています。
もし、この検討で新たな工夫がなく戦艦長門と同じ考え方で2連装砲塔X4基とする設計をしていたら戦艦大和は更に1.5倍程度の大きさになっていたと言われます。
だからこそ傑作艦として史上に残っていることになります。
零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の要求仕様書
手元に資料がありますので、この機会に紹介します。同じようにトンデモナイ内容です。
- 用途 援護戦闘機としての空戦性能及び迎撃戦闘機として敵の攻撃機の撃滅
- 大きさ 全幅 翼のはしからはしまでの長さ12メートル以内
- 最大速度 高度4000メートルで時速500キロ以上
- 上昇力 高度3000メートルまで3分30秒以内に上昇できること。
- 航続力 機体内タンクの燃料だけで高度3000メートルを全馬力で飛んだ場合
1.2時間ないし1.5時間。
普通の巡航速度で飛んだ場合、6時間ないし8時間。 - 離陸滑走距離 航空母艦からの発艦を想定し向かい風秒速12メートルの時で
70メートル以下。 - 空戦性能 九六式艦上戦闘機二号一型に劣らぬこと。
- 機銃 20ミリ機関砲2挺。7.7ミリ機銃2挺。
- 無線機 普通無線のほか、無線帰投方位測定器を積載すること。
- エンジン 三菱製瑞星13型または三菱製金星46型を使用のこと。
※堀越二郎 著「零戦ーその誕生と栄光の記録ー」(講談社文庫)より抜粋
上記の中で「九六式艦上戦闘機二号一型」とは同じく堀越二郎氏らが開発し、海軍に制式採用されていた当時の最新戦闘機でしたが、今回の要求仕様は当時の航空界の常識ではとても考えられないことを要求しており、本当に実現するなら世界のレベルをはるかに抜く戦闘機になるだろう、と堀越氏は述懐しています。
しかし、堀越氏らは妥協することなく開発・設計を進め、世界レベルを凌ぐ戦闘機の開発を成し遂げた訳です。スゴイ!
日本帝国陸海軍からの新兵器開発に関する要求仕様書は多数あり、その内容も様々なものであったと思いますが、その中でも今回紹介した「戦艦大和」と「零戦」は技術革新という側面では傑出した成果であったのかもしれません。
何しろ、現代の自動車開発などでムチャな要求仕様を打ち出しても片っ端からクリアできる訳はありませんものね。
しかし、要求仕様を越える成果は絶対に得られません。
最近は「改革」という言葉が大安売りで、社内の方針・施策の説明で良く使われますが、中身を聞くと情けない思いになることが少なくありません。
チャレンジするなら、常に高い目標を目指したいものです。
詳細を記述することはできないのですが
私のいる部署で一緒に仕事をしている生産技術の課長さんにある時、事業部長から「極秘で装置の製作をお願いしたい」との話がありました。
内容は、お客様の私たちの製品を部材に組み込んでいる現場に、私たちの費用で自動機を搬入するというもので、私たちの会社の製品出荷に伴う検査や包装工程の工数・資材などのコストダウンする目的でした。
そして、装置に対する要求仕様は現状人手作業で30秒のタクトタイムを10秒に、というようなものでした。
私自身、生産技術の課長さんからこの話を聞いた時は、企業や組織などの制約でモノ作りの一連の工程が「出荷梱包」という作業で分断されているが、これを一気通貫にする今回の計画はどう考えても合理的に思える。
「しかし、タクトタイム10秒はトンデモナイなぁ~」という状況でした。
実際には、この生産技術課の方々は必死にがんばり、最終的にはタクトタイム10秒には至りませんでしたが、13秒まで短縮した上で安定生産を実現したのです。
結果的にこの装置はコストダウン効果もありますが、早く安定した生産ができるということで私たちの会社が取引するその業界のお客様に続々と納入されて行き、後に私たちの会社のビジネスモデルの一つとされるまでになりました。
振り返ってこの装置のことを考えると、「タクトタイム30秒なら、そう難しくはない」とのことで、多分競合もそのレベルならスグにできたことでしょう。
実際に競合企業でそのような動きもあったようですが、結局私たちの会社のタクトタイムには追随できませんでした。
「タクトタイム10秒」というムチャな要求仕様に対して当時の生産技術の方々は本当にボロボロになるまで取り組んだお陰で他社が追随できない装置を作り上げた訳です。
余談ですが
この装置の製作に関わった生産技術の方々の中にこの装置のことを「1号機」と呼ぶ方と「初号機」と呼ぶ方の2通りがありました。
私は「初号機」と呼ぶ方には「人類補完計画」についての意見を求めたものです。